リレーエッセイvol.12  『30周年によせて』  斎田晴子
 
        この度起こりました新潟県中越地震でお亡くなりになられました方、
       そして被災者となられました皆様に心から お悔やみとお見舞いを申
       し上げます。 
        震度6以上の地震が何度も起こり、土砂崩れや家の崩壊、道路の
       地割れが起き、どんなに恐ろしかったことだろうと思います。 
        どうぞ1日も早くライフラインやお住まいになる家が確保され皆様が
       安心してお暮らしになれますように心よりお祈り申し上げます。 
   
   
                    「30周年によせて」 
   
     今年の春に開催いたしました、「女流棋士発足30周年記念パーティー」には、 
    本当にたくさんのお客様にお越し頂き大変ありがたく、嬉しく存じました。 
     皆様の温かいご声援とご支援のおかげで、ここまで来ることが出来ました。心
    から感謝申し上げます。 
   
     昭和61年に女流棋士番号21番、女流プロ3級でプロデビューいたしましたが、
    当時は、女流棋士の人数も少なく、女流棋戦の数も、女流名人位戦と女流王将
    戦の2つだけでした。けれども2棋戦ともAクラスとBクラスがあり、それぞれ総当
    りのリーグ戦形式でしたので対局数は多く、新人の私でも20局近く指すことが
    出来ました。 
     あれから19年が経ち、現在では、女流棋士の人数は倍以上に増え、最新女
    流棋士番号は57番までになり、年々賑やかにそして華やかになってまいりま
    した。 
     女流棋戦の数も誕生の順番にレディースオープン・トーナメント、女流王位戦、
    大山名人杯倉敷藤花戦、鹿島杯女流将棋トーナメント、と全部で6棋戦に増え、
    活躍の場が広がりました。 
     新棋戦が誕生した時のわくわくとした胸躍る喜びは今も忘れられません。 
     対局数については、予選はすべてトーナメント形式になり1発勝負になりまし
    たので、数多く指すことは厳しくなりました。 
 
     最近の世の中の進歩には本当に驚かされます。身近なところでは特に電化
    製品がそうです。家に初めてカラーテレビがやって来たのはちょうど30年前の
    ことでした。当時、小学生だった私はあんまり嬉しくて家の窓から顔を出し、道
    行く近所の人に「今日、家にテレビが来るのよ。」と知らせていました。また、そ
    の頃、少年ドラマで見た、隊員の使うトランシーバーがそれはそれは格好良く、
    ずっーと憧れておりました。
     それが今では生まれた時から、パソコンや携帯電話(GPS入りのものも)が
    普通に家にあります。とても便利な世の中になりました。 
     素晴らしく優秀な研究者や技術者の方々と会社のおかげなのでしょう。この
    先の未来にはいったい何が発明されていくのでしょうか。とても楽しみです。  
     私の将棋も、少しずつでも進歩出来るよう、まだまだ強くなれる要素はある
    はずと信じ、日々、精進してまいりたいと存じます。 
 
     この秋、レディースオープン・トーナメント2004で決勝に進むことが出来まし 
    た。中井広恵女流2冠と3番勝負を戦います。久しぶりの決勝の舞台ですので、
    力一杯頑張りたいと思います。 
     どうか皆様、応援して頂けますようお願い申し上げます。