私と将棋坂東香菜子
「来た道を振り返って」坂東香菜子
 
 ここだけの告白と言っては大袈裟ですが、育成会在籍中、自分が15歳
で女流棋士になれるとは思ってもいませんでした。将棋が楽しくて、ゆく
ゆくは将棋を職業にしたいという気持ちはあったものの、それはまだずっ
と先、同級生が大学を卒業して社会に出るのと同じ頃になるのかなと思
い描いていたのです。ちょうど、私が育成会入会を決めた平成9年の秋
以降、大学在学中あるいは卒業後に女流棋士になる方が続いたことも
影響したかもしれません。
 
 11歳のとき「毎年毎年女流アマ名人戦と運動会が重なるから、いっそ
育成会に入って腕を磨きたい」と、「はずみ」としか言いようのない進路
選択をした私が、4年後、一瞬訪れた幸運のおかげで女流棋士になりま
した。将棋を通して多くの方々と出会い、得がたい経験を重ねることがで
きたことには深く感謝しています。
 
 
 反面、心づもりよりも早く、学生のままデビューしてしまったため、想定
外の悩みや戸惑い抱えることにもなりました。
 
「将棋世界」や「近代将棋」に載ることに、学校の許可が必要だとは・・・
 
対局と試験が重なったために受けた追試では、得点の横に「×0.8」の
文字が・・・
 
どんな事情であれ仕事をお断りするというのは、なんと難しいことか・・・
 
報酬交渉まですることになろうとは・・・
 
10代の私が「センセイ」と呼ばれる面映さといったら!!!・・・
 
 
 閑話休題
 
 「たった一回の本番は、練習室での100回の稽古にもまさる」とは、音
楽の世界で子供の頃から聞かされてきた言葉ですが、将棋にも同じこと
が言えるのではないでしょうか。何百局の練習将棋や日々の勉強はもち
ろん大切ですが、プロとして戦う本番の対局は、そこでしか得られない多
くのものを私に与えてくれました。どんなに真剣に指しているつもりでも、
道場の対局よりも育成会の一局、育成会の対局よりも女流棋士としての
一局の方が多くを学べるような気がします。
 
 15歳の秋、一瞬の幸運を逃していたら、今も私は予定通り育成会員で
あり続けたかもしれません。
 想定外の経験に悩まずに済む代わりに、プロとしての対局を経験できな
い分、棋力は今よりさらに劣っていたことでしょう。「予定通り22、3歳でプ
ロになるよりも、これでよかったのだ。」と、今は思うことができます。そし
て、多くの出会いと幸運に感謝しつつ、遅々とした歩みであっても、自分
なりの精進を続けてゆきたいと思っています。