私と将棋久津知子
「なくてはならないもの」久津知子
 
このリレーエッセイのテーマを聞いてから数日間、子供の頃の事を思い
出したり、どう将棋と接してきたのかとちょっぴりまじめに考えたりしました。
 
私が将棋のルールを覚えたのはたぶん6才頃です。父が2才年下の弟と
私に教えてくれたのですがいつも回り将棋、はさみ将棋、山くずしばかり
していたような気がします。
でも詰め将棋だけは別で解けたときのスッキリ感が大好きでした。
子供の頃は近所の児童会館で毎日遊んでいたので当時は児童会館の
先生とか幼稚園の先生になりたいと思っていました。
私が女流棋士になりたいと思ったのは中学3年の冬、父の「女流棋士に
なったらきっと面白いぞ」という思いがけない一言からでした。そのときの
棋力はたぶん8級くらいだったはずですがなぜか「なりたい」と思いそれ
が「なれそう」に変わり、それまでほとんど真剣に取り組んでいなかった
将棋を指し始めたのでした。
 
高校に入ってからは父が経営している将棋クラブと同じフロアに住む事
になり、学校以外は一日中将棋と接していました(この頃がいちばん勉
強していたなぁとちょっと反省)。高校3年の時に育成会に入会、月に一
度の東京通いです。しかし最初の2年間は思うように勝てず本当に辛か
ったです。でも将棋が好きだったし女流棋士になりたいと思っていたの
で決してやめようとは思いませんでした。そして3年目、1年に2人から
半年に1人昇級の制度に変わり、集中できたのが幸いして晴れて女流
棋士になれました。
 
そして女流棋士になってからはと言うと・・・う〜ん、成績のいい時も悪
い時もあり色々ありましたが今が一番対局、普及どちらも充実していて
将棋は私にとってなくてはならないものです。
 
これからも対局で勝つこと、そして地元札幌での将棋の普及に力を入
れていきますので応援よろしくお願いします。