ここだけの話〜中倉宏美2〜
お姉ちゃんと代わりばんこ
----将棋を覚えたのはお姉ちゃんと一緒?
一緒ですね、同時に。
----お姉ちゃんとは2つ違いだけど、育成会には先に入ってきたでしょ。どうして一緒に入ら
   なかったのかしら。
女流のアマチュア大会で優勝したら育成会に入るっていう父親の方針で、私が先にアマ女流王将になったので中一で入ったんですけど、その後お姉ちゃんがアマ女流名人になって。
----お父さんはどれくらい指すんですか?
アマチュア三段ですね。
----じゃあ最初はお父さんから教わって。
そうですね。
----最初に将棋を教わったときのことって覚えてます?
いやあ、4才くらいなんで…王様の動けるところにおはじきを置いてやったのは覚えてます。それで駒の動かし方を覚えたという感じですね。
----お姉ちゃんと向かい合わせに座って?
代わりばんこだったですね。
----お父さんは最初からプロにしたかったんですか。
聞いたら最初は相手が欲しくてという感じで。でも、父は教えると集中して教えるというか凝る感じなんで、逆に教えるほうに夢中になっちゃったみたいで。将棋の切り抜きが趣味で、新聞とか雑誌とかすごい量なんですよ。戦法別に分類とか。それでも全然強くなってない(笑)。将棋が強くなるためっていうよりも分類が趣味。でも将棋はすごい好きですね。
 
注目されるのが嬉しかった
----2人で覚えて道場とかに行ったのはいつ頃
   ですか?
最初は5歳くらい。文化センターの子供教室に行ったんですよ。詰将棋作家の岡本真一郎さんが先生の教室で。姉妹で父に連れられて行って、実際に将棋を指すようになりました。
----面白かったですか?
うーん、最初はやらされてる感じだと思いますね。
----習い事の一つみたいな?
そうですね、姉もそんな感じでしたね。
----大会に出始めたのは小学校に入ってからです
   よね?
そうですね。小学校に入って三年くらいですかね。
----こないだ小学生名人戦に宏美ちゃんが出てた
   昔のビデオを見たよ。全然変わってなくて(笑)。
えーっ!小田切(紀子)さんですよね、インタビューの人って。
----そうそう。
それはすごい覚えてます。周りが面倒を見てくれたりするのが嬉しかったですね。注目してもらえたり、女の子珍しいね、とか言ってくれたりするのも(笑)。
----だから大会って楽しかったよね。ちっちゃくて、
   しかも姉妹ですごいねって言われたり(笑)。
そうかもしれない、勝ったりすると。でも逆に負けたらきつかったですけど。
 
また半年、また一年
----育成会に入るのはお父さんの方針だったということですけど、本人としては違和感
   なかったですか。最初はやらされてる感じだったわけでしょ。プロになるという意識
   があったのかどうか。
やっぱり将棋をここまでやったら続けていきたいというのがあって。ずっとここまで一生懸命やったんだから…でもプロに行くにはアマチュアの中である程度勝っておきたいなとも思っていて、早く育成会に入りたいという感じではなかったですね。
----逆にあの頃って、優勝するような子がプロにならないという選択がないって感じだ
   ったよね。
そうですね、もうルート的な感じでしたね。
----育成会に入ってみて、それまでやってきた環境の違いとか印象に残っていることは
   ありますか。
こんなに胃が痛くなる感じは…暗い時代って感じですね(笑)。あんまりいい思い出はないです。
----ないねー(笑)。大会とは全然違う。
今思えば、中学生や高校生だしまだ若いじゃないかと言いたいけど、その頃は半年、一年がすごく重かったですね。また半年、また一年とか。
----宏美ちゃんが次点を取った次の期(※平成7年度前期育成会)、木村(現・竹部)さゆり
   ちゃんに負けたときに「ついていけば連続次点で上がれるからあきらめないでやらない
   と駄目だよ」みたいなことを言った記憶があるな。
美夏さんとはいろいろ印象に残っていることありますね。島井さんと当たったとき、私にとっては大きい勝負だったんですけど、すごい泥仕合になって。持将棋模様で島井さんは自分が勝っていると思っていたみたいで、「勝ちですよね」みたいに言われて「まだ終わってないから」って結構きつく言っちゃって(笑)。結局逆転、、というか頓死で勝ったんですけど、そのとき美夏さんが「最後は宏美ちゃんが行くんじゃないかと思ってたよ」って言ってくれて「あーいい人だなー」って思ったり(笑)。あとは伊藤明日香ちゃんに負けて上がれなかったとき(※平成6年度後期育成会)が今までで一番きつかったんですけど。
----アンケート(30の質問)にも答えてたね。
賞金が出るじゃないですか。「本当は1位の人は嬉しいから貰わなくてもいいんだよね」と言って慰めてくれたことを覚えています(笑)。
----昔は育成会の期ごとに1位、2位、3位に賞金が出たんだよね。今も出てるのかな?
   だって幸せな人にはいらないよねえ(笑)。
ハハハ。お金ってわけじゃないんですけど、もう本当に打ち上げに出られる感じじゃなくて。
----本当に最後の最後で勝ったほうが上がれる一番だったもんね。
そうですね。
----お姉ちゃんにも抜かされた。そのときはどうだった?
でも、お姉ちゃんが上がったのは嬉しかったですね。
----大庭姉妹だったらありえないけど(笑)。うちも今でこそ仲がいいけど、育成会のときは
   かなりピリピリしてたから、仲がいいんだなーと思って。ライバル心みたいな感じでけん
   かしたことはないの?
将棋に関してのけんかとかはないですね。
----だって実際に当たる日もあったわけでしょう。終わってしまえば別にって感じ?
そうですね。私はお姉ちゃん大好きっ子で、いつでもついていってたのでライバルという感じではないかな。
 
自分の意志で「プロになりたい
----傍から見てたら「ようやく抜けてったよ」とか思った。
たしかに4年半は長かったですね。プロになってからもう10年なので、そっちのほうが長いんですけど感覚としては…。でも、女流棋士になりたいという気持ちがより強くなったから、今となっては良かったかもしれない。なれたときの嬉しさは念願って感じで。
----育成会はわりとすんなり上がった人
   が多くて長く掛かって上がる人は少な
   いけど、でもやっぱり育成会って経験
   で得るものもあるよね。
結構試練だったかも。今だから言えるけど、そのときはいつも痛いというか…。
----半年とか1年で上がった人って、なる
   ことの大変さとか有り難みとかをその
   時点では気づけないかもしれない。
   でも何回も駄目な経験をして上がって
   いる人はそれだけ上がれる喜びや負
   けている人の痛みが分かるようなとこ
   ろもあると思うんだけどね。
そうですね。美夏さんは精神力がすごいなと思いましたよ。
----まあ途中は惰性だったと思うんだ
   けど…。
私は小学生の頃から‘将来の夢は?’というのを見ると「将棋のプロ」と書いてあるから、プロになりたいというのはずっとあったと思うんですけど、たぶん育成会時代に本当に自分の意思で「なりたい」というのが明確になったんだと思いますね。それまでは漠然と憧れていた感じだったと思うんですけど。
----つらい勝負をやっているうちに自然と身に付いたの?
自然と・・・そうですね。でも厳しい勝負をやっているのも結構好きなんですよ。つらいけど、目標がはっきりしている世界だから自分に合っているだろうなと。高校時代だと周りが進路で悩む時期だったりして、みんなやりたいことが見つからないときに自分はもうこういう目標でやるんだって。育成会時代につらい経験をしたという自負はありましたね。もっと大変な思いをした人もいるかもしれないんですけど。
----育成会の例会の日、私は基本的にあんまりしゃべらない感じだったと思うんだけど、
   宏美ちゃんとは結構話した印象がある。冷静に考えたら結構歳が離れているのに、
   全然違和感なくて。
そうですね。最初は本田小百合ちゃんと矢内さんが同じ歳くらいで結構仲がよかったんですけど、2人が行っちゃってからは・・・。
----一番話したかもしれないくらいだよね。
そうですね。
 
自分の中ではMAX
----育成会をやっている間のお父さんとか師匠はどんな感じだったんですか?
父は勝敗に一喜一憂という感じで結構分かりやすかったです。師匠には姉がプロになったとき、私も同時に入門したのですが、明日香ちゃんに負けたときは励ましの言葉を手紙で10枚くらい、手書きでいただいて。
----あ、リレーエッセイに書いてた「書いてしまいなさい」という。
ええ、それもその時に書いてあって、その頃から続けている感じですね。色々と気分転換させてもらったり、師匠にはお世話になっていますね。
----どんな気分転換?
将棋も教わったりしたんですけど、映画や遊園地に連れて行ってもらったり(笑)。
----プロになってみて、育成会時代とは違うなと
   思ったことは?
1日1局でいいというところが嬉しかった(笑)。でも、育成会で将棋を指さなくてもいいのも嬉しくて、どっちかっていうとその解放感のほうが。奨励会ほど厳しくないとは思うんですけど、でも自分は奨励会の経験はないから、育成会の大変さ、つらさは自分の中ではMAXで。棋譜とか注目されるのも嬉しかったですね。その頃はまだ自信があったときかもしれないです。
 
インタビュー・文/大庭美夏  写真/藤田麻衣子