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| ----お父さんから将棋教わったんですよね。何歳くらいの時ですか。 | |
| 6年生の終わりぐらいかなあ。 | |
| ----けっこう遅いですよね。 | |
| うちお好み焼きやさんやってて、お客さんで将棋する人のひざに だっこされて見てたり | |
| はしてたんだけど、駒の動かし方覚えて、ちゃんとした 将棋始めたのは6年生。 | |
| ----じゃあ、それから大会出たりするようになったのは早かったんですね。 | |
| 中学入ってから。太田の道場行ったのも中学入ってから。最初9級で。 | |
| ----お父さんはもともと好きだったんですか。 | |
| うん。なんで将棋を始めたかっていうと、中学にあと何ヶ月か後に入るってと きに「久 | |
| 美、おまえは学校で、『これだったら誰にも負けないぞ』ってものがある のか」って聞か | |
| れて。運動神経はゼロ、勉強だってできるわけじゃないし・・ 科目別に分けたって、これ | |
| だけは負けないってものがなかったのよね。で「な んにもない」っていったら「じゃあお | |
| 父さんが将棋教えてやる」って。将棋だ ったら、今から3年間やれば学校で一番ぐらい | |
| にはなれるだろう、と。 | |
| ----へえええ。 | |
| まあそういう気持ちもあったんだろうし、自分が好きだったから、家族の誰か に将棋教 | |
| えたいって気持ちもあったんだろうし。あとは、あんまり勉強机に向 かって勉強するなん | |
| てことはなかったから、この子は将来大丈夫なんだろうか って心配して、少しは落ち着 | |
| いていられるようにと思ったのか。わからないけ ど、とにかくそういうふうに言われて。 | |
| ----で、素直にやり始めたって感じですか? | |
| おもしろかったってわけでもないんだろうけど・・大山先生の「親と子の将棋 教室」って | |
| いう本で始めたんだけどね、それに定跡が書いてあるわけ、矢倉な ら矢倉戦の。一回 | |
| 聞けば当然その年代だと、一発で覚えるんだよ。だけどそれ が父親にしてみれば「すご | |
| い」と思ったんだろうね。世の中のお父さんたちがちょっと錯覚するようなさ、「うちの子 | |
| は天才なんじゃないか」みたいな。 | |
| ----うふふ。 | |
| お父さんも人に何か教えるのが好きだったんだろうし、こっちもまあ言うとおりにやっ | |
| て。特別好きってわけじゃなかったけど、いやでいやでしょうがない ってこともなかった | |
| し。 | |
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| ----道場にはどれぐらい行ってたんですか? | |
| 中学1年生の5月から入って、中学卒業するまで、3年間。 | |
| ----どれぐらいの頻度で? | |
| ああ・・平日は学校から帰ってくるとバスに乗って、行って、夜の9時ぐらいまで将棋指 | |
| して、ほぼ毎日。中学3年生の時はほぼ毎日だったね。 | |
| ----まだ女性で将棋やる人は、今よりもっと少ない時代ですよね。 | |
| うん、全然少ない。・・ええと美夏ちゃんだったっけ、将棋世界で石田先生に 教わらなか | |
| った?2枚落ちかなんかで。 | |
| ----いえ、わたしが出させてもらったのは、広恵ちゃんとの、ですね。 | |
| そうだよね、誰だったかなあ・・とにかく将棋世界って本を道場で初めてみて、「あ、女 | |
| の人で将棋をやる人がいるんだ」ってえらく衝撃を受けたんだよ。で、 中学1年生の時 | |
| に、通ってた将棋道場の席主のお嬢さんが、あたしよりひとつ 年下なんだけど、将棋始 | |
| めて。じゃあ女の子同士でって指したら負けたんだよ ね。で、もうこの子にだけは絶対 | |
| 勝つんだと。それで一生懸命になったところ はある。 | |
| ----じゃあ、女の子が身近にいたんですね。 | |
| 偶然にもね。 | |
| ----最初に大会にでたのはいつぐらいですか。 | |
| 中学入ってから将棋クラブに入って、県の大会に出たのがはじめて。団体戦に先輩と | |
| 一緒に出させてもらって、6級だったんだけど、居飛車穴熊をやったの。 で、勝って。 | |
| ----へえええ。 | |
| 「あぁこれおもしろいわー」って思って、それが初めての大会。あとは2年 生の春だった | |
| かな、初めて女の人の大会に出て優勝したんだ。そのあと、アマ 女王戦で準優勝した | |
| のがすごいくやしくって。優勝の賞品が自転車で2位がラ ジカセだったんだよね。2位 | |
| になっちゃったじゃない、帰りに「いやあ自転車 は持ってるけどラジカセ持ってなかった | |
| から」って、くやしまぎれにいったん だよね、そしたらえーらい怒られてねえ。 | |
| ----はははは。久美さんはあとからばーっと出てきてあっという間にプロにな って。わ | |
| たしと最初に会ったのはそのころでしたか。 | |
| 中学2年生の冬休みに佐瀬先生が太田に広恵ちゃんを連れてきたんだよね。で、 太田 | |
| に女の子で指す子いるからって支部長さんのうちに呼ばれて、そこで初め て広恵ちゃ | |
| んに会って。それで毎月一回、佐瀬先生の一門でやってる研究会が あるから来ません | |
| かっていわれて行くようになって、そこで初めて会ったん だから。 | |
| ----私たち(大庭姉妹)のほうが先に行ってたんですね。 | |
| その前に大会では会ってると思うんだけど。 | |
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| ----でも、印象としてあんまり変わらないんですけど。最初に会ったときから ジュリーが | |
| 好きとか、岩城滉一が好きとか。 | |
| 岩城滉一はもっと後だけどね、ジュリーが先でね。 | |
| ----「やさしい男前よりは格好悪い冷たい男のほうがいい」とか最初からい ってて。 | |
| ああー、いまだにそうだなあ(笑)。 | |
| ----研修会の時に、みんなを前に、4Fのトイレで。 | |
| ませたガキだったんだねえ。 | |
| ----最初からかっこいい人!って感じでしたよ。 | |
| うーん・・子どものころ、2〜3歳ぐらいのころね、男の子だったのね、わた し。 | |
| ----あ、ボーイッシュって感じで。 | |
| ボーイッシュっていうよりも、男だと思ってたの。 | |
| ----自分のことを? | |
| うん。だって父親が、うち7つ離れた姉がいて、次産まれましたと、病院から 連絡があっ | |
| て、「女の子です」っていったら見に来なかったらしいから。「なんだ また女か」と。 | |
| ----ええええ。昔気質な人ですねえ。 | |
| 将棋を教えたいとかいっしょに飲みに行きたいとかそういう気持ちで、男の子 のほうが | |
| うちの父親はよかったんだろうね。で、未熟児で産まれて体が弱くて、 2〜3歳くらいの | |
| ころは、半ズボン履いて、ぼくぼくって言ってて。うちお店 やってたでしょ、お客さんもみ | |
| んな男の子だと思ってたの。 | |
| ----へえええ。 | |
| 「おしっこー」なんてトイレ行くと、「よしよし、じゃあおじちゃんがさせて やるからな」なん | |
| てお客さんが立たせてくれて、パンツ脱がしたら「なんだい、 ここんちの子女の子だった | |
| のかい」みたいな。 | |
| ----そこまで・・(笑) | |
| ほんとに(笑)「ぼくはあかいふくなんかだいっきらいだー」なんていうよう な感じで。 | |
| ----男の子になりたかったとかじゃなくて、もうほんとに男の子だと。 | |
| 子どもだから男の子も女の子もないんだろうけど、でも男の子だと思ってたん だよね。 | |
| だから小学校でスカートなんか一度も履いてかなかったし、中学入っ て、制服がセーラ | |
| ー服でスカート初めて履いたって感じ。16まで男の子に 間違えられたよ(笑)。 | |
| ----ああ、確かに対局の時、最初のころって・・ | |
| ネクタイしてね、ショートパンツで。そのころ関根先生(茂九段)がね、蛸島 さんと将棋指 | |
| してるところに入ってきて、がらっと開けてがらっと閉めて、3 Fの事務所で「なんで蛸ち | |
| ゃん今日は男の子と将棋指してるの」って(笑)。 あと研修会入ってて、神田真由美さん | |
| があたしを探しに来たらしいんだけど、 全然見つからなかったって。男の子にまぎれて | |
| て。 | |
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| ----プロ入りは?中学卒業してすぐなったんでしたか。 | |
| そう。3月に卒業してその翌月の4月から、内弟子したと同時に。 | |
| ----えーとプロ入りのきっかけは、中学校2年の時に佐瀬先生がきて・・。 | |
| もうそのときには広恵ちゃんが佐瀬先生のところに庄司(俊之)くんとふたりで 内弟子に | |
| いて、米長先生のところは直子ちゃんと先ちゃんがいて、西村先生の ところには内弟子 | |
| は取ってなかったんだよね。で、群馬のほうから通うのは大 変だってことで「じゃあ西村 | |
| 先生のと ころに」って。まあその前に打診があってね、「中学卒業したらどうするんだ | |
| い」みたいなこといわれて、その年代だもん、学校なんか行きたくないじゃない? 勉強 | |
| なんかしたくないし。で「プロになりたい」っていうようなことを言って。 もちろん林葉・中 | |
| 井ってところにえらく影響されたっていうのもあるけどね。 将棋マガジンなんか見ててリ | |
| ーグ表の○×見て、次にこの人に勝てば、なんて いうの見てれば、「ああうらやましい | |
| な」って思うじゃない。だから自分もそうい う世界に入りたいなっていう・・強く、プロにな | |
| りたいって願望したわけじゃ ないんだけど、何となく入りたいなっていう。 | |
| ----年下だけど、ふたりが先輩で、あこがれたっていう感じですか。 | |
| そうそう。 | |
| ----あの、内弟子生活、どうでしたか。 | |
| ほんとにいまだに奥さんとか先生には申し訳なく思うんだけど、だめな内弟子 だったか | |
| もしれないね。とにかくうちで甘やかし放題甘やかされて育ったわけ。 怒られたことがま | |
| ずないじゃん、まして自分よりも年下の子どもなんて見たこ とがないじゃない、自分が一 | |
| 番下だから。とにかく何もせずに・・よく我慢し てもらったと思うよ。 | |
| ----どういう生活だったんですか。 | |
| 奥さんの手伝いでごはん作りをちょっと手伝ったりとか、片づけを手伝ったり とか、あと | |
| は掃除、洗濯、全て手伝いだよね。任されたってわけじゃなく、奥 さんの補助みたいな | |
| 感じで。で、先生の子どもたちが(小学)2年生と幼稚園だったん だけど、遊び相手をち | |
| ょこっと、する?だけどまず、子どもとどう接したらい いか、自分が子どもだからわかんな | |
| いんだよね。だけどやっぱり他人の家って いうのでそれなりに遠慮する年代じゃない。 | |
| 小さいうちなら遠慮もいらないけ れども、ちょうど自分の家と他人の家でどういうことを | |
| 我慢しなきゃいけない ってことがわかってる年代だから・・相当師匠の奥さんもこっちに | |
| 気を遣って くれてて、なんていうかなあ、他人の釜の飯を食ったっていうか、我慢しなき | |
| ゃいけない・・我慢なんてほどでもないんだけどね、自分ではものすごく家に いるときと | |
| は違う、っていう我慢があったね。 | |
| ----厳しかったですか。 | |
| 厳しくは、全然厳しくはない。 | |
| ----そうですよね、先生も奥様もね。 | |
| 先生も奥様もほんとによくしてくれて、全然そういうことはないんだけど、自 分としてみ | |
| れば初めての世界で、今までほやほやと育った分、我慢、自分で は我慢するってこと | |
| が・・ | |
| ----自由じゃないってことがまず大変かもしれないですね。 | |
| そそ。でも自由なんてあるわけないんだよ、今考えりゃね。今内弟子すれば完 璧な内 | |
| 弟子になるよ(笑)。 | |
| ----あははは、なるほどね。 | |
| だからそういう点ではほんと迷惑かけたなって思うよね。 | |
| ----内弟子時代は、将棋の勉強はどんな感じで。 | |
| 千葉の将棋道場行ったり、新宿(将棋センター)に行ったり、あとは先崎さん なんかがた | |
| まにきて将棋指したりとか。あとは自分で詰将棋解いたり。 | |
| ----じゃあ、将棋そのものの勉強っていうよりは、人生修行的な意味のほうが 大きか | |
| ったですか。 | |
| 人生修行っていうことよりも、我慢をすること・・ | |
| ----ああ、とにかく。 | |
| もう、耐えるっていうね。いじめられたわけじゃないんだよ、もちろん。だけ どやっぱりあ | |
| の年代だと、自由にならない、そんな感じだったかな。 (part.3に続く) | |
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